2022年に公開され、日本中を感動の渦に巻き込んだ新海誠監督の長編アニメーション映画『すずめの戸締り』。
美しい映像と心揺さぶるストーリーが魅力の本作ですが、多くの視聴者が「あの不気味で巨大な”みみず”はいったい何だったんだ…?」と疑問に思ったのではないでしょうか。
劇中で災いをもたらす存在として描かれる「みみず」。
その正体は一体何なのか、なぜ出現するのか、そして東京や東北など日本各地に出現した理由とは。
この記事では、映画『すずめの戸締り』の物語の核心に迫る「みみず」の正体から、そのモデルとなった元ネタ、出現場所、印象的な音楽、そして物語のキーとなる猫「ダイジン」との関係まで、あらゆる謎を徹底的に解説していきます。
「みみず」の存在が怖いと感じた方、その名前に隠された意味を知りたい方、物語の背景にある日本の神話や震災との関連性に興味がある方、この記事を読めば『すずめの戸締り』をより深く、何度も味わいたくなること間違いなしです。
- 「みみず」の正体は、人々の想いが忘れられた場所から噴出する地震のエネルギーそのものであること
- 元ネタは日本古来の地震に関する伝承「大鯰(おおなまず)」であり、要石(かなめいし)がそれを封じていること
- 「みみず」は宮崎から始まり、愛媛、神戸、東京、そして東北へと、実際の災害と関連する場所に出現したこと
- 物語の鍵を握る猫のダイジンとサダイジンは、「みみず」を封じるための重要な「要石」の化身であること
「すずめの戸締り」のみみずとは?その正体を徹底解剖

物語の序盤から、主人公すずめの前に突如として現れる巨大な災い、「みみず」。
天を衝くほどの大きさで、不気味にうねりながら空を覆うその姿は、多くの観客に強烈なインパクトを与えました。
この章では、まず「みみず」の基本的な正体と、その背景にある日本古来の伝承や元ネタについて詳しく見ていきましょう。
「みみず」の正体は地震エネルギーの具現化
作中では、廃墟や寂れた場所など、かつて人々が暮らし、その土地にたくさんの想いが込められていた場所から発生します。
人々の記憶が薄れ、感謝の念が忘れ去られた土地は力が弱まり、あの世である「常世(とこよ)」とこの世をつなぐ「後ろ戸」が開いてしまうのです。
「みみず」は、その開いた後ろ戸から現世に噴出する災いであり、大地の下にうごめく巨大な力そのものなのです。
一度現世に出て地面に落下すると、巨大な地震を引き起こし、多くの人々の日常を奪ってしまいます。
主人公のすずめと草太は、この「みみず」を後ろ戸の向こう側へ封じ込める「戸締まり」の旅を続けることになるのです。
なぜ「みみず」という名前で呼ばれているの?
#すずめの質問箱📮
【Q】赤黒い渦のことをミミズという名前にしたのはなぜですか?… pic.twitter.com/lcPFMd92bX— 映画『すずめの戸締まり』公式 (@suzume_tojimari) April 5, 2024
劇中で、この災いは一貫して「みみず」と呼ばれているわけではありません。
草太が「みみず」と呼ぶ場面はありますが、これは正式名称というよりは、その見た目や性質からくる通称と考えるのが自然です。
その地中から現れる長くうねる姿が、巨大なミミズを彷彿とさせるため、作中ではそう呼ばれています。
また、新海誠監督の過去作『君の名は。
』でも、彗星の核が龍のような姿で描かれており、監督の中で「抗いがたい巨大な自然の力」を、長くうねる生物のイメージで表現する傾向があるのかもしれません。
私の個人的な感想ですが、単純に「ドラゴン」や「大蛇」とするのではなく、「みみず」という身近でありながら少し気味の悪い生き物の名前を当てたことで、より得体のしれない恐怖感が際立っているように感じました。

「みみず」って聞くと、地面の下にいるイメージが強いから、それが空から降ってくるっていうのがすごく怖かったです…!

「みみず」の元ネタを知ると、なぜ地面の下のイメージが重要なのか、より深く理解できるはずだ。
日本神話に隠された「みみず」の元ネタ
『すずめの戸締り』の「みみず」には、明確な元ネタが存在します。
それは、日本の災害伝承である『大鯰(おおなまず)』です。
古来、日本では地震は地下に棲む巨大な鯰が暴れることによって引き起こされると信じられてきました。
そして、その大鯰を地中深くに押さえつけているのが「要石(かなめいし)」と呼ばれる霊石です。
この伝承は特に茨城県の鹿島神宮が有名で、鹿島神宮の神様(タケミカヅチノカミ)が要石で大鯰の頭を押さえつけているとされています。
この関係性を『すずめの戸締り』に当てはめてみると、非常に分かりやすい構造になっています。
| 大鯰の伝承 | すずめの戸締り |
|---|---|
| 大鯰 | みみず |
| 要石 | ダイジン・サダイジン(猫) |
| 鹿島の神様 | 閉じ師(草太やすずめ) |
つまり、「みみず」は現代に描かれた大鯰であり、それを封じる要石がダイジンとサダイジン、そして神様に代わって戸締まりを行うのが「閉じ師」というわけです。
この古くからの伝承を物語の骨格に据えることで、単なるファンタジーではなく、日本の風土や文化に根差した説得力のある物語が生まれています。
東日本大震災が物語の地震の元ネタ?
本作が扱う「地震」というテーマは、私たち日本人にとって非常に身近で、そして時に大きな悲しみをもたらすものです。
新海誠監督は、本作を作る上で2011年3月11日に発生した東日本大震災を避けては通れないテーマだったと語っています。
物語の終盤、すずめが向かうのは彼女の故郷であり、震災の被災地である東北地方です。
そこで彼女は、幼い頃に経験した震災の記憶と向き合い、過去の自分を救い出すことになります。
劇中で発生する「みみず」による地震は、特定の地震を指しているわけではありません。
しかし、物語の根底には、東日本大震災という未曽有の災害と、それによって失われた多くの日常や場所への鎮魂の祈りが込められていることは間違いないでしょう。
廃墟を巡り、土地の記憶を鎮める「戸締まり」の旅は、まさに失われた場所を悼む行為そのものなのです。
「みみず」は実在するのか?
もちろん、「みみず」という巨大なエネルギー体が、映画で描かれたような姿で現実世界に存在することはありません。
しかし、「地震を引き起こす地下の巨大なエネルギー」は紛れもなく実在します。
日本は4つのプレートがひしめき合う変動帯に位置しており、そのプレートの動きが歪みとして蓄積され、限界に達した時に地震として解放されます。
「みみず」は、この目に見えない地球のエネルギーを、アニメーションという手法で可視化した存在と言えるでしょう。
科学的にはプレートテクトニクスで説明されますが、かつての人々がそれを「大鯰」として想像したように、私たちは「みみず」という形で自然の脅威を心に刻むのかもしれません。
劇中の「すずめの戸締り」みみずの描写と謎を深掘り
「みみず」の正体や背景を理解したところで、次は劇中での具体的な描写に注目してみましょう。
どこに出現し、どのような姿をしていたのか。
そして、「みみず」を巡る重要なキャラクターや音楽、観客が抱いた様々な疑問について深掘りしていきます。
「みみず」が出現した場所はどこ?東京や東北も

すずめの戸締まりの旅は、九州の宮崎から始まり、四国、関西、そして東京、東北へと続いていきます。
「みみず」は、それぞれの土地にある「後ろ戸」から出現しました。
その場所を時系列で見ていきましょう。
| 出現場所 | 後ろ戸があった場所 | 備考 |
|---|---|---|
| 宮崎県 | 温泉街の廃墟 | すずめが初めて「後ろ戸」と草太に出会う場所。 |
| 愛媛県 | 廃校になった中学校 | すずめがミカン畑の少女・千果と出会う。 |
| 兵庫県・神戸 | 廃墟の遊園地 | 観覧車が印象的。 すずめはスナックのママ・ルミと出会う。 |
| 東京都 | 御茶ノ水駅付近の地下深く | 最も巨大な「みみず」が出現。 皇居の地下に繋がる。 |
| 東北地方 | すずめの故郷(被災地) | すべての始まりの場所。 常世への扉がある。 |
特筆すべきは、神戸や東北といった場所が選ばれている点です。
神戸は1995年の阪神・淡路大震災、東北は2011年の東日本大震災と、現実に大きな地震災害に見舞われた場所です。
物語はこれらの土地を巡ることで、過去の災害の記憶をなぞり、鎮魂の祈りを捧げているとも解釈できます。
また、日本の首都である東京で最大級の「みみず」が出現するシーンは、首都直下型地震という、これから起こりうる災害への警鐘のようにも感じられます。
見る者を圧倒する「みみず」の怖いビジュアル

「すずめの戸締り みみず 怖い」というキーワードで検索する人が多いことからも分かるように、「みみず」のビジュアルは多くの人に恐怖感を与えました。
その色は、赤黒く、まるでマグマや燃え盛る炎を想起させます。
定まった形を持たず、常にうねり、蠢き、その動きは予測不可能です。
空を覆い尽くすほどの巨大さと相まって、人間では到底コントロールできない、圧倒的な自然の暴力性を象徴しているかのようです。
公式のイラストや画像を見ても、その異様さと美しさが同居したデザインは秀逸です。
特に東京上空で渦を巻くシーンは、葛飾北斎の浮世絵のような様式美すら感じさせつつ、同時に絶望的なまでの破壊の予兆を感じさせ、息を呑むほどの迫力がありました。
この「怖いけれど、どこか美しい」という感覚が、新海誠作品の大きな魅力の一つだと改めて感じますね。
なぜ物語には猫(ダイジンとサダイジン)が登場するのか?
彼らこそ、前述した「みみず」を封じるための「要石」そのものなのです。
普段は石の姿で日本各地の「後ろ戸」を鎮めていますが、すずめが誤ってダイジンを解放してしまったことから、物語は動き出します。
要石の役目から解放されたダイジンは、自由気ままにすずめを翻弄し、旅へと導くトリックスターのような役割を担います。
猫が要石のモチーフになった理由には、いくつかの説が考えられます。
一つは、日本では猫が神様の使いや、場所を守る存在として祀られてきた「猫神信仰」の歴史があること。
また、気まぐれで人間の思い通りにならない猫の性質が、人知を超えた存在である「神」のメタファーとして適していたのかもしれません。

でも、本当はずっとすずめちゃんのことが好きで、「うちの子」になりたかっただけなんですよね…そう思うと、すごく切ないです。

彼はただ愛されたかっただけなんだ。
人々の想いが薄れた土地で、たった一人で災いを抑え続けてきた孤独を考えると、彼の行動も理解できる。
最終的に自らの意志で再び要石に戻る決断をしたシーンは、彼の成長と覚悟の表れだ。
物語を彩る「みみず」出現シーンの曲
『すずめの戸締り』の音楽は、ロックバンド・RADWIMPSと作曲家の陣内一真氏が担当しました。
「みみず」が出現する緊迫したシーンで流れる楽曲は、物語のスケール感と恐怖を増幅させる重要な役割を担っています。
特にサウンドトラックに収録されている『ミミズの歴史』や『東京上空』といった曲は、まさに「みみず」のテーマ曲と言えるでしょう。
壮大なオーケストラと不協和音が混じり合い、抗えない災いの到来を告げるような重厚なサウンドは、観客の不安を煽ります。
一方で、すずめが戸締まりに挑むシーンでは、RADWIMPSのボーカル・野田洋次郎が歌う『すずめ feat.十明』が印象的に使われます。
どこか懐かしく、子守唄のような優しいメロディが、災いに立ち向かうすずめの孤独な戦いをそっと包み込むようで、思わず涙腺が緩んでしまいました。
音楽の力によって、「みみず」の恐ろしさと、それに立ち向かう人間の尊さが見事に表現されています。
考察:スズメがミミズを食べるという意味
検索キーワードの中には「スズメ ミミズ 食べる」という、少し変わったものが見られます。
もちろん、映画の中で主人公のすずめが「みみず」を物理的に食べるシーンはありません。
これは、自然界における「スズメ」と「ミミズ」の関係性から生まれた比喩的な表現だと考えられます。
現実の世界では、鳥であるスズメは、地面にいるミミズを捕食します。
この関係を映画に当てはめてみると、主人公「すずめ」が、災いである「みみず」に立ち向かい、それを鎮める(=食べる、克服する)という物語の構造そのものを象徴していると解釈できるのです。
名前をつけた新海誠監督がどこまで意図したかは分かりませんが、物語の本質を的確に捉えた、非常に興味深い視点だと言えるでしょう。
Q&A よくある質問
地震を引き起こす災いを「みみず」という存在で描き、それに立ち向かう少女の成長を描いた物語です。
村上春樹の短編小説『かえるくん、東京を救う』にも、東京の地下で地震を起こそうとする「みみずくん」が登場し、本作に影響を与えた可能性が指摘されています。
その正体は、日本古来の伝承に登場する、地震を引き起こす「大鯰」が元ネタになっています。
まとめ:「すずめの戸締り みみず」の謎を振り返る
この記事では、映画『すずめの戸締り』の物語の核心である「みみず」について、その正体から元ネタ、劇中での描写まで詳しく解説してきました。
最後に、この記事で解説した内容の要点をまとめます。
- 「みみず」の正体:地震を引き起こすエネルギーの具現化であり、廃墟にある「後ろ戸」から現れる。
- 名前の由来:その見た目が地面を這うミミズに似ていることからくる通称。
- 元ネタ:日本の地震伝承「大鯰」と、それを押さえつける「要石」がモデルになっている。
- 地震の背景:物語の根底には東日本大震災があり、失われた場所への鎮魂の意味合いが込められている。
- 実在性:「みみず」自体は実在しないが、地震エネルギーを可視化した存在と言える。
- 出現場所:宮崎、愛媛、神戸、東京、東北と、実際の災害と関連する場所を巡る。
- ビジュアル:赤黒く、定まった形のない姿は、コントロール不能な自然の脅威を象徴し、多くの人に「怖い」という印象を与えた。
- 猫の役割:ダイジンとサダイジンは「みみず」を封じる「要石」の化身であり、物語を導く重要な存在。
- 音楽:RADWIMPSと陣内一真氏による楽曲が、「みみず」の恐怖と戦いの壮大さを演出している。
- スズメとミミズの関係:主人公「すずめ」が災い「みみず」を鎮めるという、物語の構造を象徴する比喩的な関係。
「みみず」という存在を深く知ることで、『すずめの戸締り』が単なるエンターテイメント作品ではなく、日本の自然観や死生観、そして災害と共に生きてきた私たちの歴史に根差した、深い祈りの物語であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
この記事が、あなたの作品理解の一助となれば幸いです。